肉と胡椒

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肉は美味い。死んでもベジタリアンにはなりたくない。肉が食えないから。いや嘘だ。ナイフを喉元にあてられて「野菜を食うか死ぬかだ」と言われればベジタリアンに転向すると思う。それでもこっそり肉は食いたい。

 

豚肉は炒めるに限る。というか調理が面倒なので大体のものは炒めるだけで食う。肉も魚も卵も茸も野菜も。別に「素材の味が~」などと言うつもりは毛頭ない。そりゃ僕だってできるなら鶏肉をオムライスにぶち込んで豚肉を角煮にしてビーフをストロガノフにしたい。しかしただ炒めただけでそれなりに美味いと思える舌を備えて生まれてしまったのだから仕方がない。幸せなことじゃないか。じゃあ炒めるだけでいい。

 

という風なことを考えながらセールにかかったグラム90円くらいの豚こま切れを買う。帰る。キッチンに立つ。ラップがやたらに強固で豚肉に手が届かない。近くて遠い。韓国か。包丁でラップを切り裂く。やっと会えたな、夜はこれからだぜ、ベイビー。

 

脂身がやたらに多いありがたみのない細切れをニトリのフライパンに投げ入れる。油を入れる必要は当然ない。勝手に自らの脂でその身を焦がし始める。映画ファイトクラブにこんなセリフがあった。あっちは痩身クリニックから盗んだ脂肪で作られた石鹸を、金持ち女が喜んで買って自分のケツの脂を買い戻すという話だった。けっこう違った。

 

豚肉には独特の匂いがある。自分は結構好きだが、人によっちゃあダメな匂いらしい。あまり聞いたことはないが。一気に300g炒めたら油がですぎて半ば揚げている状態になった。あれ?俺アヒージョ作ってたっけ?いや、そんな洒落た料理は知らない。スペイン料理なんざクソ喰らえだ。オリーブオイルがなんだ、パエリアがなんだ、ガスパチョがなんだ。火がありゃいいんだよ火が!焼いて食うだけで十分美味いんだ。旧石器スタイルで行こうじゃないか。あ、ぼくのおうちはIHです。

 

あぶらまみれ豚肉には胡椒がよく合う。炒めている段階でガリガリと挽いてやろう。一気に華やいだ匂いへ変わる。いや豚肉の匂い嫌いじゃないけどさ。あ、塩もかけようね。

 

ふむ。間違いのない味がする。不味くなりようがない。米を炊くのも面倒なのでサトウのごはん。あー美味い。脂が唇をコーティングする。リップクリームの節約になる。豚はいい奴だ。

 

1人暮らしの学生の牛肉を買う頻度はどのくらいだろうか。自分は3週間に1回くらいの頻度で猛烈に牛肉が食いたくなる。松屋のみみっちい肉でなくてちゃんとした肉が。昔受けた法学部の授業で、教授がことあるごとに「えぇ~、僕が吉野家の株を100万円分持っているとして、吉野家の牛肉100万円分は僕のものだと主張できるのか否かァ!」と絶叫していた。あのセリフが聞きたいがためにもう一度授業を受けたい。

 

話がクアレスマのアウトカーブくらいに逸れた。牛肉が食いたくなる。そんなときはオージービーフを買おう。安いから。赤くて安くて硬い、ぶっきらぼうなのがオージービーフだ。豚肉よりは高いが国産牛よりは格段に安い。何円だったかは忘れた。例のごとくラップがあかない。なんなのか。ダ〇エーは拘束がご趣味ですか。包丁はシンクの片隅に佇んでいてすぐにとれない。菜箸でラップを貫く。よー、そこの赤ェの、俺の血肉になってくれ。

 

ニトリフライパンに投げる。胡椒だ、胡椒胡椒胡椒ォ!硬い!肉を食ってんだかゴムを食ってんだか分かりゃしない。しかしこれが豪州の牛肉なのである。サシの入った和牛はおろか、アメリカ肉よりも脂肪が少ないから、量が多くても気分が悪くならないのがいい。第一三共胃腸薬をジャラジャラ飲んで寝込まなくてもいいのだ。ただアゴが壊れそうになる。でもこれはこれで楽しい。獣じみた表情をしながら硬い赤肉を貪っていると「あー食ってる!俺肉食ってる!」とハッピーになる。オージーはアッパー系の肉だ。食っても検挙はされない。牛はいい奴だ。

 

一番安いのは鶏肉だ。国産でもグラム100円を切っていることがザラだ。外国産となるともっと安い。最近はブラジル産の安いもも肉をよく見かけるので、それを買うことが多い。ブラジル鶏肉はやたらヌルヌルしている。ドリップで膠じみた、なんというか形容しがたい妖気を醸し出しながらグラム67円とかで売られている。なんだこのクトゥルフみたいな鶏肉は。君達、故郷ブラジルで一体何を食わされて育ったのかね?いや、考えてみれば日本の鶏が何を食わされているかも知らなかった。食ったものの違いで鶏に優劣をつけるのは間違っている。ブラジル鶏さん、ごめんなさい。

 

ラップの御開帳といこう。今回は何で開封しようと思ったら、今回に限ってラップが緩い。隙間からブラジルからの長旅によって搾り取られた肉の液がしたたり落ちる。嫌がらせである。灰色に黒い粒が散りばめられた、斑状組織の拡大図みたいなニトリの安フライパンにブラジル鶏を投げる。肉液が四方八方に飛び散る。飛び散った液を掬い集めてもシェンロンは現れない。手が不快にヌルつくだけである。

 

鶏か。スパイシーにいきたいな。クミンシードを炒めた油にコリアンダーとカルダモンで香り付けといこう。フライパンに各種スパイスを入れる、否、投げ捨てる。エスビーの妙に高い原色の容器が音を立てて転がる。

 

何がチキンティッカだ。塩と胡椒を持って来い。

 

黒いダイヤモンドが肉に降り注ぐ。あーこれ、この安い鶏肉の味。美味い。幸せだ。これだからブラックペッパー教はやめられない。

 

来世は大航海時代のスペインに生まれて、インドの胡椒で億万長者になろう。腐りかけの瘴気を放った紫色の肉に胡椒をかけて家族と食う。「お父さんの採ってきた胡椒は美味いかい?お父さんが航海士で良かったかい?」と娘にしつこく聞き続けて煙たがられよう。スペインとインド万歳。