妄想と実態

自己開示が苦手だ。特に、自分の好きなものごとについて話すのが苦手である。

 

好き嫌いは激しいほうだから、「これが好きだ」という意識ははっきりと持っているはずなのだが、実際に「どんなのが好きなの?」などと聞かれるとはたと困る。

 

たまにこういう会話についてイメトレをしているのだが、そのときの脳内には、もう溢れんばかりの表現力で好きなものごとについてまくし立てている自分がいる。口から湯水のように言葉が流れ出しているのだ。躁状態になった私の横で、聴き手として召喚された人も愉快に笑っている。私はさながらトークショーの主役といった具合だ。

 

ただ、これはただの妄想であって、現実ではこの10分の1もうまくいかない。先日、職場の人と食事に行ったときもそうだった。ちょっとした異動があり、私のプチ歓迎会を兼ねた食事会が行われた。その帰り道で、「休日はどう過ごしているのか」という話になった。普段なら「寝てばかりいる」「YouTubeをみてばかりいる」などとごまかして、踏み込んだ話題になるのを避けるのだが、職場の新しい人間関係に馴染むには簡単な自己開示も必要だろうと思い、私は勇気を出して「いつも本を読んでいます」と答えた。

 

すると自然に「どんな本を読んでいるの?」と聞かれる。「小説ばかりです」と答える。ここまでは問題なかったが、「どんな小説を読むの?」と更に踏み込んで聞かれるともうダメだった。

 

「うーん、なんでしょうね・・・色々読んでるんですけど、いざ聞かれるとぱっと思い浮かびません・・・」などと敗残兵のような情けない顔をして答えるハメになった。挙句の果てに「じゃあ今読んでる本は?」とまるで会話のレッスンでも受けている生徒のようにリードされる始末。そこまでお膳立てをされておきながら「え、えーと・・・魔の山っていう本なんですけど、主人公は肺を悪くしてサナトリウムにいるんですが、とある人に恋をして・・・この時代の小説ってすぐ人妻に恋するんですよね、何故なんでしょう、参っちゃいますよね、ハハ・・・」などと言って、笑いも次なる展開も生み出さず、「今なんか風が吹いていったね」くらいの印象をその場に残して会話が終わった。

 

妄想じみていながらも、私が「他人とするための会話のイメトレ」だと思っていたものは、実は「自分のためのコンテンツの整理」であって、実際の会話には何ら役立っていないことがよく分かった。