仕事を辞める話

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親父は頭の良い人だ。小さい頃、空はなんで青いんだとか、車のエンジンはどういう仕組みになっているんだとか、鏡はなんで左右が逆に映るんだとか、素朴ながらパッと答えるのには難儀しそうな質問に対し、いつも即答してくれた。漫画やゲームに出てくる知らない単語は大抵親父に教えてもらっていた。中でも印象に残っているのは、ポケモンの技である「こうごうせい」の意味を聞いたときだった。

 

もし自分が父親になって、子供から「光合成とは何だ」と聞かれたら「息を、吸うでしょう、君。それの植物バージョン」と馬鹿丸出しの回答をしてしまいそうだが、親父はというと「こうごうせいってのは、光に合成って書いてな、つまり光でエネルギーを合成することなんだよ。ついでに光合成は植物にしかできない。植物は葉緑体というのを持っていて、そいつが光を使って水と二酸化炭素からエネルギーと酸素を生み出すんだよ。植物は太陽に当てて水をやらないと枯れちゃうのはそういうことなんだよ。ニュースで温暖化温暖化言ってるのは、人間が木を切りすぎて植物が減って二酸化炭素の行き場所がなくなっちゃったからなんだ」と詳細に説明してくれた。

 

当時の自分は「光合成は植物にしかできない」のあたりで頭がショートして「うんわかった。もういいって。」くらいの低いテンションで虚ろな頷きを交えながら話を聞いていたが。親父の説明は、最終的に「てかさー、京都議定書でさー、二酸化炭素減らすって皆で決めたじゃん。日本は頑張ってるよ。それでも「お前らの二酸化炭素減らせてねーじゃん!」とか野次飛ばしてくるヤツら何のマジで。ドイツとか。あいつら再生可能エネルギー連呼しながらフランスが原発で作った電気輸入してるよな。腹立つ。」という具合に悪い意味でのナショナリズムという形で爆発していた。先述の「車のエンジンの仕組み」を聞いたときにも、最後には零戦星型エンジンの話になっていて「グラマンには芸術がない」みたいなことを言っていた気がする。

 

国粋主義は置いておいて、言葉の意味や物事の仕組みは親父に聞けば大体解決したので、親父は自分にとって歩く辞書だった。スマホとかなかったし。母親はというと、その手の話は苦手なので、はぐらかすか適当なことを言うかのどちらかだった。小学生の頃、姉が持っていた漫画『NaNa』を読んでみたことがあったのだが、小学生には理解できない言葉が飛び交っていた。そのとき母親に「童貞って何」という剛速球を投げたことがあるのだが、母親は高笑いしながら「まだ大人になってない男の人のこと」と答えた。今思うと実に秀逸な回答だった。似たような展開で父親に「処女とは何か」と再び剛速球を投げたときには「セックスしたことない女のことだ」と同じく剛速球で返されたことがあった。

 

大きく話が逸れたが、父親が色々なことを教えてくれたもんだから、色々なことに興味を持つようになった。祖父が飼っていた、鳥籠に入れられたホオジロを小一時間眺め続けたり、一度組み立てたガンプラをバラバラに分解したり、とりあえずティッシュを燃やしたりして遊んでいた。親父もモノが好きだったから、部屋にはガラクタが沢山あり、「これは何だこれは何だ」と一緒にガラクタいじりするのが好きだった。革製品が好きになったルーツも親父にある。

 

そんな環境で自分という人間の人格が形成されていき、中学生くらいの頃には内向的でインドアな少年が出来上がっていた。自分の好きな物事に熱中することが出来るようになって、センスだとか審美眼だとかは人並み以上には持っていると思えるが、「人と積極的に関わる」という社会を生きる中で重要な能力を獲得できなかった。悩み事があっても、特に仲のいい友人に愚痴をこぼすくらいで、誰かに深く相談するようなことは無かった。大概は自分の中で完結させられるようになってしまった。人と関わらないから人への興味を失った。人に興味のない自己完結人間という厄介なヤツになった。

 

会社に入って苦しんだ。業界的に、社内外共に他人に対しすごく興味関心を持っている人間が多い。皆、気が遣える人たちなのだ。当然のように自分は「気が遣えないし、こっちに興味も持ってくれない可愛げのない奴」というレッテルが貼られた。レッテルというか、まあその通りなんだけどね。

 

自分に足りない部分を嫌というほど突きつけられて、何とか変えようと思って頑張ったこともあったが、周りからは「お前が可愛いキャラになるのは無理があるから、とりあえず仕事覚えて聞かれたら即答できるマンを目指せ」と言われることが多かった。しかし、そうなるには時間がかかる。商材にも魅力を感じないし、何なら業界が腐っているように思えた。まあ実際はどこもそんなものかもしれないが。そういう心持ちで、仕事ができるようになるまで耐えられるとは思えなかった。全国転勤だし、好きな関西を離れた途端に全てのモチベーションが破綻する気もした。

 

色々考えてやりたいことが見つかったので、今の仕事は1月いっぱいで退職することにした。こないだ自分の退職について職場全体に告知が為された。嬉しい言葉を沢山もらったし、いい会社だなと思ったが、ここでは頑張れないという気持ちが変わることは無かった。

 

気遣いのプロ達を見てきたので、彼らの良い所を少しでも自分のものにしたいと思う。少なくとも人付き合いでゴタゴタ言われない程度にはしておきたい。

 

「こうしたい!」ということを文字にしてみると、大体実現できているので、文字にしてみた。半分は親父のしょうもないエピソードになってしまっているが。こういうところがダメですね。

 

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